藤岡拓太郎(ふじおか・たくたろう)

ギャグ漫画家。1989年5月31日大阪生まれ、大阪在住。

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笑いと映画と大相撲が好きです。

 


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NEW!  2017/6/26









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短編漫画『駄菓子屋』(16ページ)



 

 

短編小説「ジョーイ」

藤岡拓太郎

 

 

「頭がおかしいのか?」

 

静まり返った酒場で主人のフランクが口を開いた。その言葉と、店の人間の視線は、すべて一人の男に向けられている。

カウンターの隅でクルミをもてあそんでいるその男は、客の多くと同じくカウボーイ・スタイル。男はつい先刻ここにやって来てビールを注文した。フランクは愛想よく、すぐにビールを注いだグラスを、カウンターの上ですべらせた。ところが男は手を伸ばさず、グラスは床で勢いよく割れたのだ。

 

「頭がなんだって?」

 

フランクとは反対に穏やかな微笑さえたたえている男が聞き返した。店には夕陽が差し込み、紅くきらめく床の泡がチリチリと弾けている。

 

「どうしてグラスを取らなかった?」

 

「確かによくない」

 

「俺をコケにしてるのか?」

 

憤りを含んだ笑いで、フランクの大きな腹が揺れる。

 

「俺は言ったぜ。"いいか?"と。グラスから手を離す前にな。そうだな?アンディ」

 

カウンターの、フランクに近い位置で飲んでいた、変態のアンディが答える。

 

「ああ、確かに聞いた。あの野郎もそれにうなずいたはずだぜ」

 

「うなずいたとも。否定しないさ」と、男。相変わらずクルミを手の中で転がしている。

 

「ますます分からねえ」

 

フランクの語気が強まる。

 

「何が目的だ?それにお前は誰だ?見ない顔だが。何か妙な企みがあるなんてこたぁ、ねえだろうな?」

 

にわかに店内の緊張感が増した。特に血の気の多い数人・・・・・・サボテンと喋れるジェイコブや日本びいきのホッグス、離婚歴40回のトーマスなどは、すでに腰の銃に手をかけている。

 

「企みなど何もない。俺はジョーイ。ビールが飲みたいだけの、喉のかわいた只のカモメさ」

 

「ジョーイ。これを訊くのは100度目かな。それなら、どうしてグラスを取らなかったんだ?」

 

「デブ。そう呼んでも?」

 

「俺はフランクだ」

 

怒りと夕陽が今や、フランクをこの店の誰よりも真っ赤に染め上げている。

 

「フランク。この世界は分からないことばかりだ」

 

「何が言いたい?」

 

ジョーイは微笑みを絶やさず、フランクをじっと見据えたまま続けた。

 

「生命はどうして生まれ、また死ぬのか。人間はなぜ争うのか。何のために生きるのか。宇宙はどこまで続くのか。俺はなぜ、割れると分かっているグラスを見逃したのか」

 

「病気か?お前」

 

酒場のあちこちで失笑が漏れる。

 

「フランク。頼みがあるんだ」

 

「なんだってんだ?」

 

「ビールをくれ」

 

ジョーイがそういった瞬間、テーブルの方から椅子を引く音がし、声が飛んだ。

 

「おいフランク!いつまでその野郎に好きにさせておくつもりだ!とっととつまみ出しちまえ!」

 

「黙ってろ、サム!」

 

フランクに一喝された手のやわらかいサムは、苦々しげにまた座りなおした。いつの間にか顔から幾分と赤みの引いているフランクは、しばしジョーイを睨んだのち、普段よりゆっくりと丁寧な動作で、グラスに新しいビールを注いだ。そして再び目を合わせた。

 

「いいか?ジョーイ」

 

ジョーイはクルミをポケットにしまって答えた。「YES」

 

グラスはフランクの手を離れ、変態のアンディとアゴオバケのフィリップ、聞き上手のネッド、歯みがき大好きロイを通過して、ジョーイへと向かった。

 

ジョーイは、また手を伸ばさなかった。グラスは弾け飛び、そこかしこで破片がクルクルと回転している。もはや笑っている者は誰もいない。変わらぬ微笑を浮かべたままのジョーイを除いては。

 

その時だった。

 

「早く逃げろ!」

 

店先で、どこかから走ってきたらしい一人の男が、ただならぬ様子でそう叫んだ。男は走ってきた方向を振り返り、その後はもう言葉にならず、目をむいて、どこかへまた逃げるように走り去っていった。

 

「今のはジミーじゃないか?」

 

酒場の全員が訳も分からず顔を見合わせる中、離婚歴40回のトーマスがそう言いながら立ち上がり、店の外へ出た。その瞬間、トーマスは"何か"に喰われた。

 

それはスローモーションのようだったが、確かに一瞬だった。巨大な鼠のような、あるいは虎のような蛙のようなその"何か"は、とにかくトーマスをひと呑みにしてから、店の中へ顔を向け、魚のような眼をぎょろりと光らせた。

 

「なんだ?あれは」

 

この店に入って初めて微笑みを消したジョーイが、誰に言うでもなく呟き、「知るわけない」とフランクもまた空中に向かってそう言った。

 

怪物は、自身に対して半分ほどの大きさの入口に突進し、壁の板がばきばきと剥がれた。男たちの半分は椅子から転げ落ちて腰を抜かし、半分は銃を抜き怪物へ向けて発砲した。ジョーイもまた同様だった。

 

悲鳴のようなものが混じる咆哮を上げながら怪物はしかし、ついに店内へと入ってきた。新たに4人の男がたちまち怪物の餌食となった。長くつしたのベン、クズ人間のマーチン、歯みがき大好きロイ、お祭り男ケッチャム。

 

「こっちだ!」

 

ジョーイはスカーフを巻き付けた木片に火をつけ、怪物の目を引いたところで、そのまま窓を突き破って外に出た。直後、怪物は酒場の壁ごと破壊しジョーイの後を追ってきた。

 

ジョーイの弾が怪物の目と脚に命中したが、勢いは止まらない。その時、怪物の頭上に酒樽が飛んできた。フランクのかけ声で十数発の弾丸が酒樽を撃ち抜き、怪物がその中身を被ったとき、ジョーイは再び微笑みを取り戻した。

 

「あばよ」

 

銃声のこだまと燃えさかる炎が夕暮れに溶ける。断末魔の叫びの後、三度歩いて怪物は絶命した。

 

酒場に戻ってきたジョーイは、壁にもたれて床に腰を下ろし、一つ息をついた。男が、ジョーイに近づいてきた。

 

「俺はアゴオバケのフィリップ」

 

差し出された手を、ジョーイが握り返す。

 

「ジョーイだ。よろしく」

 

「弟のカタキを討ってくれて感謝する」

 

「弟?」

 

「歯みがき大好きロイ。あのバケモノに、4番目に食われたやつさ」

 

「そうか。残念だった」

 

アゴオバケのフィリップと代わるようにして、また違う男が手を差し出してきた。

 

「俺は猫背のジョン」

 

「ああ、よろしく」

 

「あんたはこの町の恩人だ。礼を言うよ」

 

「よしてくれ」

 

ジョーイの前には、すっかり行列ができていて、代わるがわる男たちがジョーイと握手を交わしていく。

 

「日本びいきのホッグスだ。よろしく」

 

「ああ、よろしく」

 

「サボテンと喋れるジェイコブだ。よろしく」

 

「すごいな。よろしく」

 

「手がやわらかいサムだ。よろしく」

 

「よろしく。本当にやわらかいな」

 

「俺は昼夜逆転生活のチャーリー」

 

「ああ、よろしく」

 

「変態のアンディだ。よろしく」

 

「よろしく」

 

「聞き上手のネッド。よろしく」

 

「ああ、よろしく」

 

「なぞなぞ博士のダニエルだ。歓迎するよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「すり足ハリーだ、よろしく」

 

「よろしく」

 

「俺は兄貴肌のカルロス」

 

「ああ、よろしく」

 

「さみしがり屋のモーガンだ」

 

「よろしく」

 

「俺はスズメバチに刺されたことがあるウィリアム」

 

「そうなのか。よろしく」

 

「ニセ牧師のルークだ。よろしく」

 

「ああ、よろしく。おい、あと何人いるんだ?」

 

「気分屋のダン。よろしく」

 

「よろしく。おい、まだいるのか?」

 

「俺はブッチ。約束は破るためにあると思ってる」

 

「あ、ああ。そうですか。よろしく」

 

「俺は兄貴肌のカルロス」

 

「よろしく。いやお前二度目じゃないか?」

 

 

すっかりと日が落ちて、静かな町を巡る蝙蝠(こうもり)が月に重なり漆黒の影となる頃まで、ジョーイはひたすら握手を繰り返した。酒場の外からもジョーイの活躍を聞きつけた人間たちが集まってきて、ジョーイはただ身を任せるしかなかった。

 

ジョーイの右手がホットドッグのごとく腫れている今、酒場にはジョーイと、主人のフランクの二人きり。フランクがみたび注いでくれたビール・グラスを左手で受け取りながらジョーイが言う。

 

「有り難くいただくよ」

 

「それにしてもお前さん、さっきはどうしてグラスを受け取らなかったんだ?」

 

ずっと床に座っているままのジョーイの隣に、フランクもグラスを手に腰を下ろす。

 

「さあ・・・・・・わからない」

 

「わからない?」

 

「ああ。この世界はわからないことばかりだ」

 

「確かにそうだが」

 

「だから面白い」

 

少しの沈黙の後、二人はふっと吹き出して笑い合った。フランクは笑いながらも「合わないわ」と思った。それでも、グラスが重なる音が夜空に響いて、蝙蝠はクルリと弧を描いた。

 

 

THE END

 





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藤岡拓太郎(ふじおか・たくたろう)

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