濡れなすび

藤岡拓太郎

 

 

 

19歳の時、新聞配達のアルバイトをしていた。

 

毎朝2時45分に起きて、3時までに配達所へゆき、105軒を回る。いつも5時半ぐらいに終えていた。雨の日は6時までかかった。

 

早朝に町を歩いていたら、ふと、その頃のことを色々と思い出した。

 

新聞配達。それは単純作業の繰り返し。思い出なんて何もないと思っていたけれど。

 

こんなにも、と驚くほど、一つの記憶から、一つまた一つと、いろんなことが思い出される。

 

 

 

 

配達先の中に、中学の同級生の家が二軒あったこと。

 

 

免許を持っていないので自転車で配達をしていたこと。

 

 

交番がいつも無人で、よくないなと思ったこと。

 

 

配達所の店長はとても太っていたこと。

 

 

ガソリンスタンドや市役所、定食屋、美容室、中学校、電器店などにも配達をしていたこと。

 

 

市役所には5部とどけていたこと。

 

 

それはともかく、急に官能小説が書きたくなった。

 

パッションが全身をめぐっている。

 

書きたい。

 

書けそうな気がするのだ、今夜。

 

こういうものは勢いが大事だ。今を逃せば、永遠にこの情熱を取り戻すことはできないように思う。

 

しかし新聞配達の思い出も今、書きとめておきたい。思いがけずよみがえってきた記憶、これもまた、忘れてしまわぬうちに・・・

 

 

 

 

「あッ!」

ペニ明石守(ぺにあかし・まもる)は宇宙の色をした茄子(なす)で、麗子の尻を何度もひっ叩いていた。

「あッ!あッ!」

「いけない子だ」

「あッ!」

 

 

大阪なのに、なぜか奈良新聞をとっていた家が一軒だけあったこと。

 

 

奈良新聞のロゴは緑色だったこと。

 

 

「どうしてほしい、この茄子でどうしてほしいんだね」

ペニ明石の蛙のような声が、教室に響く。茄子がまた速度を上げる。

「あッ!あッ!」

ペニ明石と麗子、つい先刻まで二人は、「生徒の父親」と「中学教師」、ただそれだけの関係であった。

 

 

スポーツ新聞を毎日とっている家があったこと。

 

 

麗子を担任にもつ息子にまつわる面談を、仕事の都合で何度も欠席していたペニ明石が、この日、夜遅くに学校を訪れた。残業で校内に一人残っていた麗子は、ペニ明石の急な面談の申し出を嫌な顔一つせずに受け入れ、ペニ明石を教室へと招いた。

 

 

雨の日は配達所にある機械を使って、1部1部、ビニールでパッケージをしていたこと。

 

 

当初、ペニ明石にはなんの下心もなかった。この町では有名な美人教師の麗子と、静かな教室で二人きりで話していてもなお、美しい人だなと、ペニ明石は、ただそれだけだった。ペニ明石が手土産にと持参した、自家栽培の野菜を詰めた籠の中の茄子に、意味ありげに手をやり、黙って相手を見つめたのは麗子のほうだった。瞬間、ペニ明石はその茄子の色と麗子の瞳に宇宙を感じた。

 

 

配達中はほとんどいつも「松本人志と高須光聖の放送室」の録音を聴いていたこと。

 

 

そのラジオを聴きながら、深夜の道で誰はばかることなくニヤニヤしたり、声を上げて笑ったりしていたこと。

 

 

「どうしてほしいんだ、この茄子で」

「・・・ください」

「聞こえない」

「いれてください」

「聞こえないと言ってる」

「いれてくださいッ!」

「どっちの茄子をだ」

 

 

そのラジオでダウン・タウン・ブギウギ・バンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』を初めて聴いて、この歌むちゃくちゃかっこいいなと思ったこと。

 

 

わたしは今日まで生きてみました、という歌いだしで始まる、吉田拓郎の『今日までそして明日から』の歌詞がなんだか沁み入ったこと。

 

 

「どっちの茄子って・・・?」

「この茄子か、」

「あッ!」

「私の茄子か」

 

 

バイト初日から一週間ほどは、同じく配達をしている店長の娘に付いていき、配達先と道順を覚えたこと。

 

 

店長の娘は原付だったので、ついていくのに必死で、むちゃくちゃペダルをこいで、夏だったし、二軒目で汗だくだったこと。

 

 

三軒目に向かう時から店長の娘が少しスピードを落としてくれたこと。

 

 

窓から差し込む月明かりだけが二人を照らしている。

「あなたの茄子を・・・」

「聞こえない」

「あなたの茄子をいれてください」

「聞こえない」

「あなたの茄子をいれてください!」

「聞こえない聞こえない聞こえないッ!鳴け!もっと叫ぶんだ!東京のワニに噛まれた、マダガスカルの雌牛のようにッ!」

「あなたの茄子を私にいれてエッ!!」

「長い夜がはじまる」

 

 

芸大に通っていたが、授業はつまらないし、友達もいないし、やりたいこともわからないし、配達が終わったら結局大学も行かずに昼過ぎまで寝ている日も多かったこと。

 

 

それでも配達の時間がやってくると、町はみんな寝静まっているし、とりあえずは何かをやっている気になれたこと。

 

 

ぼろぼろの茄子が黒板に叩き付けられ、ペニ明石はズボンのベルトに手をかけた。そして、生きていることを宣誓するかのような、血を巡らせし荒茄子(あらなす)が登場した。それを目にした麗子は、一瞬、月が爆発して教室がその光を吸ってふくらんだ、なぜだかそんな錯覚におそわれた。麗子はひとしきり、喘ぎとも悲鳴ともつかぬ声を上げて躰を震わせた。

ペニ明石は、その様子を微動だにせず眺めながら、わが荒茄子天狗(あらなすてんぐ)をより一層そそり立たせ、もう一度繰り返した。

「長い夜がはじまる」

 

 

オバマが初めて大統領になったときは見出しの大きさもすごくて、配達前にチラシを挟み込む作業の時、店長と他の配達員のおっさんもその話をしていたこと。

 

 

はじめの頃、配達し忘れていた家から配達所に苦情の電話が入り、店長に、「朝起きて新聞を取りに行って入ってなかったら、自分やったらどうや。嫌な気分になるやろ。そこ、想像せなあかん。それ考えて配ってたら、入れ忘れるはずない」と、今漫画を描いてる自分の中にも活きている言葉で叱られたこと。

 

 

ペニ明石のペニ明石によるペニ明石は今や、麗子のすべてに祝福を与え、また、与えられていた。ペニ明石と麗子の中にひそむあらゆる液体とサンバのリズムが、いやらしく音を立てて、うら若き天使たちの学び舎を濡らし、あるいは揺らしていた。peniakashi is world,world is peniakashi.二人は言葉の一つも交わさず、しかし饒舌に、いつまでもお互いをむさぼり、細胞を鳴らし合った。荒茄子(あらなす)はついに大荒茄子(おおあらなす)、そして獅子茄子(ししなす)、修羅茄子(しゅらなす)へと姿を変え、驚くべきことに天空阿闍梨茄子(てんくうあじゃりなす)の片鱗さえ時には感じることができた。赤ん坊のように、あるいは猿のごとく純粋に求め合った彼らはそれでもいつしか眠りについた。

 

 

真夜中の町はほんとうにしずかで、オレンジの街灯や、またたく信号の明かりが、いちいちきれいだったこと。

 

 

あるとき駅前に制服の高校生の男女だけがいて、男の子はギターを抱えて花壇に腰かけ、目の前に立っている女の子に向けて、弾き語りで何かを夢中でうたっていたこと。

 

 

世界に、また朝がやってきた。ペニ明石は雑巾とバケツを手に教室と水道を7往復し、ようやく昨夜の全てを消し去った。そしてそのまま、眠る麗子と校舎をあとにした。校門のところで、自転車に乗った新聞配達の青年が、門の脇のポストに朝刊を届けていた。

 

「お疲れさん」

 

声をかけたが、青年は気が付かずにそのまま行ってしまった。青年が耳にしているイヤフォンから、懐かしいフォークソングが漏れ聞こえていた。

 

 

わたしは今日まで生きてみました

わたしは今日まで生きてみました

 

そして今 わたしは思っています

明日からも

こうして生きて行くだろうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(初出:深夜メルマガ「真夜中の豚」第5号/2016年4月3日配信)